金子繁治(元東洋太平洋バンタム級王者)のWikiと戦績

日本人初の東洋太平洋(OPBF)
バンタム級王者になった
金子繁治さんが亡くなった
そうですね。

金子繁治さんは金子ジムの
会長として活躍されました。

金子ジムと言うと・・
下北沢にあり、当時小田急で
新宿に通ってた時期もあって
電車の中からいつも見てまし
た。懐かしい(^^)

あの時はケビンパーマーが
いたし、いつも応援して
いましたね。

現役時代の金子繁治さんの
事は直接知らないですが、
日本初の東洋王者として、
そしてあのフラッシュ・エルロデ
を4回も破った男としても
有名でした。

そんな金子繁治さんの
事を紹介したいと
思います。

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金子繁治さんのWikiと戦績

昭和30年代の事になるの
ですが、金子繁治さんは
魅惑のパンチャーとして
日本ボクシング界の
スターとして活躍されました。

日本初の東洋王者と
なり6度も防衛した強い
チャンプだったのです。

その金子繁治さんのWiki風
プロフィールを紹介したいと
思います。

名前:金子 繁治(かねこ しげじ) 
出身地:新潟県燕市
生年月日:1931年8月13日生まれ(年齢84歳)
階級:フェザー、ジュニアライト
獲得タイトル: 東洋太平洋フェザー級

金子繁治さんの戦績は
65戦54勝(33KO)10敗1分。

この戦績の中にはあの、
後の世界的名王者、フラッシュ
・エロルデ相手に4度も勝利を
もぎ取ったというのだから
スゴイのなんのって!

でもそれで世界王者になれ
なかったのはホント不運と
言うしかないですよね。

現在の日本の世界王者たち
(内山高志や井上尚弥など)
も強いですが、金子さんの
時代ってやっぱ階級も少ないし
団体も少ないですからね。

今だったら世界王者に
なるチャンスもグッと
上がってたんではないかと
思います。

金子さんはエルロデ戦の
他に現役の世界王者だった
サンディ・サドラーとも
ノンタイトル戦で戦って
います。

現役の最後は、網膜剥離を
患い引退を余儀されました。

引退後は金子ジムを設立

現役時代は、怪我のため世界
挑戦も叶わず引退した金子さん。

引退後は世界王者を育てようと
指導者になるため「金子ジム」
を設立。

金子ジムの所属で有名だった
のはあの村田英次郎です(^^)

金子さんと同じ東洋太平洋王者
になったのですが、

世界戦では不運な判定もあり
4戦2敗2分けと結局世界の頂点
に立つことはできませんでした。

世界戦で2引分とは惜しい~。

そしてその後、ケビンパーマー
が金子ジムに入り、世界を
狙います。

ボクシングマガジンの
インタビューで、パーマーは
竹原慎二の事を尊敬して
いたことを発言したのが
印象的でした。

そしてこのケビンパーマー、
金子さんと共通点もあった
のです。

パーマーもミドル級で東洋
太平洋王者になり、

「6度」の防衛に成功。

しかし世界戦の機会には恵まれ
ませんでした。

層の厚いミドル級とは言え
世界を目指す力を秘めていた
ケビンパーマー。

世界王者のベルトを巻く
姿が見たかったですね(^^)

ケビンパーマーの通算戦績は
26戦24勝(15KO)1敗1分。

立派です!

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エロルデ賞を受賞しパッキャオとツーショット

金子繁治さんですが実は大変
名誉な賞を受賞してるんですよ。

その賞とは「フラッシュ・エルロデ賞」

受賞理由は、母国の英雄エルロデ
に4回も勝ったことが評価された
んだとか。

エルロデは世界王座を10回
も防衛したスーパースター
でしたからね。

今でいうとパッキャオとか
ドネアみたいなスター
だったんでしょう。

金子さんがエルロデ賞を
受賞したのは2003年でした。

この時はパッキャオと
ツーショット写真を
撮ったり、サインを求める
ファンも殺到したんだとか。

金子繁治さんのまとめ

また偉大なボクサーが
この世を去りました。

現在の金子ボクシングジムは
息子さんの金子健太郎氏が
跡を継ぎ、世界王者を目指す
選手を育成しています。

東洋太平王者どまりでは
なく金子ジムからいつかは
世界王者が誕生することを
願っています。

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